毎年言ってるセリフだと思うけれど、今年はおかしな気候だよね。
本来、札幌の6月~7月って、爽やかで30度になるような暑い日なんて滅多に無いはず。
もしかしたら温暖化のせいで、北海道の気候が変わってしまったのかもね……って思ったこともあったけれど、
ここ数日、昼間に暑くても、夜になったら涼しく、朝はひんやりする日も多いから、
やっぱり北海道のこの時期の気候は爽やかで涼しいのが普通なんじゃないのかなぁ……って思う。
当家はエアコンがないこともあって、暑いと人間も猫さんもぐったり。
写真はあやめ猫。猫は、暑いとき、おなかを出して寝たり、だら~んと脚もおなかものばして寝たりするものだというけれど、彼女は暑くても小さくまとまって寝ていることが少なくない。
ほとんど動かずに気に入りの場所に居るんだけれど……大丈夫なんだろうか?
6月にあさひ(あやめと同胞)が宇宙に還って以来、ひと月以上経って、あやめ一匹だけの暮らしが普通になった。
4年前、3匹だった猫さんの一匹が宇宙に還った時よりも、今回の方が、空いたスペースをとても広く感じる。
そして、猫さんのケアも、多頭と単独では全然違うと感じる。とても軽くなった。
その分、留守にするときに独りぼっちにさせてしまうことが申し訳なく、気になって仕方がない。
同居猫さんたちの力に助けられていたんだなとしみじみ思う。
これまでは、2泊3日までは猫さんたちだけでのお留守番もありだったのだけれど、この夏からはペットシッターさんを導入することにした。
あやめには、色々と後悔がある。彼女は、仔猫の時からおとなしく、身体も小さく、活発なあさひと先住猫のナンバーワン争いから少し離れて暮らしてきた。
先住猫はわたしにべったり、あさひもわたしにべったり……その二匹がわたしをめぐって争うことがしばしばあって、わたしとあやめの距離は自然に遠くなってしまった。その関係性は、4年前に先住猫が亡くなった後も続いてしまった。
それは、あさひが、ナンバーワンになったのを機に、以前の先住猫のようになってしまったからで……(つまり、あさひはあやめが近づくことをゆるさなかった)
あやめは、わたしに近づく機会をあまり持てないまま、わたしも、あえて関係性を変えることをせずに今まで来てしまった。さらに、あさひが療養していた4か月余り、どうしてもあさひが優先になり、あやめには我慢させてしまったと思う。
先住猫が居た当初から、あやめが寂しくないように、夫にあやめを預けてきたのだけれど……。でも、やっぱり、あやめはわたしと仲良くしたかったんだなと、今になって思う。彼女は、あさひがいなくなったスペースに、自らすぽっと収まった。時々、気に入らないごはんを出してしまったときなど、食欲があっても食べないで別なのを出すよう要求する。「(療養中の)あさひと同じようにして」って言ってるような気さえしてしまう。
そんな平素の様子に、「あやめは、ずっと愛の貰いが少なかったんだよね、ごめんね」って思う。充分に愛情注げなかった分、これからの時間を大切にしよう……なんて思っていたのに……
先日、ワクチン接種で受診させたときにちょっとした異常がみつかり、ワクチンを延期にして詳しい検査をすることに……。亡くなった猫たちは、いずれも、そのパターンで悪性腫瘍がみつかって数か月後に宇宙に還っているので、思い出してゾッとした。おまけに信頼できる獣医さんが今月いっぱいで退職されると聞き、その日はさすがに落ち込んだ。
世の中には「たかが猫くらいで」と言う人もまだまだ居ると思うけれど……
種が違っても、内なる生命エネルギーどうしにはご縁というものがあって、課題を超えるために経験をくれる大切なパートナーだからね……。
天に聞いてみた。「あやめとの間にどんな課題がありますか?」と。
そうしたら、健全なヒトと猫の関係のやりなおし課題 だそうで……(苦笑)
猫さんに愛情を注ぎ過ぎることなく、動物として対等かつ尊重しあって暮らしなさいということのようだ。
愛を注ぐべき対象はいつも自分……猫さんに注ぐのは余った分で充分なんだから、自分ファーストに対する罪悪感を完全に手放すべき……ま、確かにそうだ。相手がヒトなら実践できるのに、猫だとできなくなっちゃうのには、理由があるんだけどね(一応、自覚はしている)。
とにかく、猫だからヒトだからってことはどうでもよくて、どんな相手でも、いつまで一緒に居られるか(関われるか)わからないんだから……
全部、一期一会だと思ってこれからの時間を大事に生きるしかないってことだね。
宇宙に還った猫たちとできたように、あやめともお話しができるようになったらいいなぁ……👽✨
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